古道具屋か骨董品屋かと思った。
店先に並べられた雑多なモノを眺めるふりをして、目を凝らして暗い店内を覗き込んだ。
見えない。
珈琲の店だと看板らしきものはあるが、人の気配がない。
アヤシイ店だ。
しかし、この怪しさに私は誘惑される。
初めから枠にあっていないのか、途中で曲がってしまったのか、きちんと閉まらない扉を開けた。
「こんにちは・・・」
こんな人形たちや、器や壷や掛け軸が雑然と客を迎えた。
はっきり言って胡散臭い。
それに怖い。人形よ、こっちを見るなよ。
喫茶とあるが、椅子には商品ともディスプレイともつかないものが雑然と置かれてあって、勝手に座っていいものやらわからない。
ますますアヤシイ。
「いらっしゃいませ。」
アヤシイ店主が顔を出した。
どことなく小林克也に似ている。
頭の中に「六本木のベンちゃん」が流れ始めた。
客 「あの~、ここに座ってもいいんですか?」
店主 「どうぞ、どうぞ、お好きなところに」
客 (お好きなって、ここしかないじゃん・・・)
客 「あの~、珈琲飲めるんですか?」
店主 「はい。珈琲と紅茶があります。」
メニューなんてものはないようだ。
珈琲を頼んで、椅子に腰を下ろす。
梅を見て歩いたので、ちょっとばかり足が疲れていた。
デジカメの梅の画像を確認する。
店主 「今日はいいお天気で良かったですね。」
客 「はい。朝起きたら晴れていたので、会社を休みました。梅を見たいと思って。」
店主 「梅のために会社を休んだんですか?」
客 (笑いすぎ!それだけじゃないよ、役所に書類もらいに行ったんだ。)
店主 「でも、仕事は明日でも出来ますもんね。今日の梅は今日しか見られない。」
客 (そうそう。)
店主 「したいしたいと思いながら、ちょっと決断しないうちにできなくなってしまうことがたく
さんありますもんね。人生って、したいと思ったときにしないとダメですね。」
客 (そうそう。)
珈琲が来た。
お雛様付きだ!
客 「可愛いですね!食べるのがもったいないくらい。」
店主 (バカか?この客。雛人形は食べ物じゃねーよ。)
なぜか、「海老せんべい」がついていた。
意外に珈琲と合う・・・かもしれない・・・人によっては・・・。
店主 「この店、入りにくくありませんでしたか?」
客 「入りにくかったです。なんか、怪しくて。」
店主 「気軽に入れない店にしたかったんです。なんか胡散臭い感じの。」
客 「充分胡散臭いです。」
店主 「デパートのアンティックコーナーとか、ダメなんです。骨董品屋の暗くて埃っぽくて
胡散臭い感じが好きなんです。」
客 「そうそう。アヤシイ店主にメガネの下から値踏みされそうな店。」
店主 「そうそう。喫茶店もそういうアヤシイのが少なくなってね~。つまらないです。新宿に
昔あった、あれ、ナンだったかな~。」
客 「王城ですか?それとも、スカラ座?」
店主 「そうそう。あーいうのなくなっちゃってね~。エンジ色のビロードみたいな布の椅子で
座ると、お尻にバネが当たるの。」
客 「そうそう。ちょっと薄暗くて、クラシックが流れててね~。」
店主 「滝沢もなくなったでしょ。あれ、好きだったのに。」
客 「経営が難しくなったみたいですよ。残念ですね。」
店主 「珈琲飲みに行くって感じじゃなくて、静かに話をするとこだよね。その静かなざわざわ
感がちょうどいいBGMでしたよね。珈琲のあとのこぶ茶も良かった。」
客 「あーいう店、もうないですね。チェーン店の安い珈琲に勝てないんでしょうね。空間
と雰囲気にお金を出したくなるような店。」
店内には、古いシャンソンが流れている。
客 「円空、お好きなんですか?」
店主 「ええ、これまで反省しなくちゃいけないことをたくさんしてきたんでね。名前をもらいま
した。」
この店の名は「円空屋」と言う。
私の背後に100号ほどの円空彫りを描いた油彩がかかっていた。
そのとき、閉まりきっていないドアが開いて、地元の常連らしい2人連れの女性が入ってきた。
それをしおに、私は立ち上がった。
いい店だった。
会社を休んで正解だ。
今日の梅は今日しか見られない。
「今日の梅 今日吹きすぎる風 出会う人 一期一会の 珈琲の味」
# by kazemachi-maigo | 2006-02-23 16:46 | 散歩